参議院選挙が熱を帯びる中、多くの政党が物価高対策を掲げ、中には消費税減税を訴える声も上がっています。しかし、その根底には、長年日本経済に影を落とす「消費税の逆進性」という問題が横たわっています。低所得者ほど重くのしかかるこの負担は、なぜ放置され、根本的な解決が図られないのでしょうか。本記事では、消費税の逆進性から、日本の財政構造、そして政権の能力までを深掘りします。
消費税「逆進性」の知られざる負担:生活直撃の不公平税制
消費税は、商品やサービスの購入に対して一律の税率で課せられます。この「一律」という点が、時に残酷な不公平を生み出します。
例えば、月収20万円の人が生活必需品に15万円を使うとすれば、消費税10%で1万5千円を支払います。これは所得の7.5%に相当します。一方、月収100万円の人が同じ生活必需品に15万円を使い、さらに高額な商品やサービスに30万円を使ったとしても、合計45万円の消費で支払う消費税は4万5千円。所得に対する割合は4.5%に過ぎません。
このように、所得が低い人ほど、所得に占める消費の割合が高くなるため、結果として消費税の負担感が重くなる――これが消費税の「逆進性」です。単に低所得者層の家計を圧迫するだけでなく、以下の深刻な経済的マイナス影響をもたらします。
- 消費支出の低迷: 特に消費性向の高い低所得者層の購買力が落ち込むことで、生活必需品以外の消費を抑制せざるを得なくなり、結果として経済全体の需要が冷え込み、GDP成長を抑制します。これは、景気低迷やデフレからの脱却を阻む大きな要因となります。
- 所得格差の拡大: 税制自体が格差を助長する形となり、低所得者層の実質的な所得がさらに減少します。これにより、社会の分断や国民の不満が増幅され、治安の悪化や政治への不信感といった社会不安にも繋がりかねません。
- 企業の売上減少と投資意欲の減退: 消費の低迷は企業の収益を圧迫し、特に国内市場に依存する中小企業にとっては死活問題となります。売上が伸び悩めば、企業は新規の設備投資や雇用を抑制せざるを得なくなり、日本経済全体の活力が失われる原因となります。
こうした消費税の逆進性による悪影響は、単なる机上の空論ではありません。一部の経済学者や野党からは、度重なる消費税率の引き上げが、日本の個人消費を冷え込ませ、デフレ脱却を遅らせた主要因の一つであると指摘されています。特に、低所得者層の消費マインドが冷え込むことで、国内需要が伸び悩み、それが企業の投資や賃上げにも波及せず、結果として「失われた30年」の一因になったとの見方もあります。
軽減税率の「応急処置」と、それでも残る重い課題
日本は2019年の消費税率10%引き上げと同時に、飲食料品などに8%の軽減税率を導入しました。これは、消費税の逆進性を緩和する目的があり、当時、連立与党である公明党が強く主張し、当初は消費税率10%への引き上げによって見込まれた税収増の抑制を懸念していた自民党が「しぶしぶ」受け入れた経緯があります。
自民党が軽減税率導入に消極的だったのは、消費税を「社会保障の安定財源」と位置づけ、その税収を最大限確保したかったからです。しかし、この軽減税率は、あくまで「応急処置」に過ぎません。
- 線引きの複雑さ: 「イートイン」と「テイクアウト」のように、同じ商品でも税率が変わるなどの混乱が生じ、事業者にも国民にも分かりにくい側面があります。
- 恩恵の限定性: 高所得者も生活必需品を購入するため、逆進性緩和効果は完璧ではありません。
より効果的な逆進性対策とされるのが、「給付付き税額控除(負の所得税)」です。これは、所得が低いほど税負担が軽減され、最終的には現金が給付される制度で、低所得者層を直接的に支援する効果が高いとされています。しかし、自民党政権は、その複雑な制度設計や莫大な財源、所得捕捉の困難さなどを理由に、導入には極めて慎重な姿勢を崩していません。
「バラマキ」批判の背景にある財政の現実
今回の参院選で自民党が掲げる「全国民一律2万円給付」は、選挙を目前にしての物価高対策として打ち出されました。しかし、これは「バラマキ」との批判がつきまといます。その理由は、消費税の逆進性を緩和する真の目的とは異なり、所得に関わらず全世帯に給付されるためです。高所得者への給付は、国民の納得感を得にくく、選挙対策と見なされやすいのです。
なぜ、抜本的な逆進性対策ではなく、このような形が取られるのでしょうか。
一つの要因として、政権が選挙で幅広い層からの支持を得たいという戦略が挙げられます。例えば、自民党の主要な支持基盤とされる高齢者層は投票率が高く、直接的な現金給付は、生活支援としての意味合いに加え、既存の支持層を固め、さらには中間層にもアピールできる「分かりやすく、即効性のある政策」と位置づけられている可能性があります。これにより、複雑な制度設計が必要な給付付き税額控除などよりも、短期間での国民へのアピールを優先したとの見方もできます。
その背景には、日本の財政の厳しい現実と、予算編成の構造的な問題があります。
日本の国家予算(一般会計歳出)は約110兆円規模に達しますが、その約70兆円弱の税収だけでは賄いきれません。残りの約40兆円は、毎年新規国債を発行する「借金」で賄われています。
こうした状況下で、石破首相は今回の給付金政策の財源について、昨年度の税収上振れ分を充てることで「将来に禍根を残さない」と説明しています。しかし、毎年巨額の借金が前提となっている日本の財政構造において、一時的な増収分を給付金に回すことが、本当に「将来に禍根を残さない」と言えるのかは疑問符がつきます。 根本的な歳出構造の見直しや、恒常的な財源確保策が不在のままでは、税収の上振れも一時的なものであり、将来的に再び国債発行への依存度が高まる可能性は否定できません。
政府は「プライマリーバランス黒字化」という財政健全化目標を掲げているものの、増え続ける社会保障費の「自然増」を抑制しきれず、緊急時の財政出動(コロナ禍など)も相まって、目標達成の道筋は見えにくい状況です。
歳出抑制の「聖域」と、問われる政権の責任
国民からは「歳出をまず削減すべき」との声が上がります。特に、国民の代表である国会議員のコスト(歳費や経費)削減は、国民感情として「まず行うべき」との意見が根強くあります。しかし、国会議員のコストは国家予算全体から見ればごく一部に過ぎず、また、議員数削減は民主主義の機能を損なう可能性もあるため、抜本的な削減には至っていません。
最も大きな歳出である社会保障費については、制度を維持するためには削減が困難というジレンマがあります。結果として、歳出の多くが「聖域化」し、効果的な歳出抑制が進んでいないのが実情です。
このような状況で、消費税の逆進性という構造的な課題を放置し、一時的な「バラマキ」に頼る現状は、政権の「政権担当能力」に疑問符を投げかけざるを得ません。
参院選で国民が問うべきこと
消費税の逆進性による国民負担、財政の健全化、そして歳出改革の遅れは、すべてが複雑に絡み合った課題です。今回の参院選では、各政党が「物価高対策」をどのように掲げているかだけでなく、以下の点を有権者が深く問い、判断するべきです。
- 消費税の逆進性に対して、各党はどのような根本的な解決策を持っているのか? (単なる減税だけでなく、給付付き税額控除などの制度改革に踏み込む意思があるか)
- 財政健全化への具体的な道筋をどのように描いているのか? (歳出削減の具体的な計画、特に社会保障費の将来像について、国民に分かりやすく説明できるか)
- 政治家自身が「身を切る改革」をどこまで実行する覚悟があるのか?
日本は、長引くデフレと低成長の「失われた30年」を経て、少子高齢化という未曽有の構造的課題に直面しています。この間、政権を担ってきた自民党に対し、国民生活の向上や経済再生への道筋を真に示せてきたのか、財政の健全化をどこまで果たせたのか、といった根本的な疑問を呈する声が上がっています。そして、消費税の逆進性への抜本策や、恒常的な財政赤字の解消に手が付けられていない現状は、その疑問を一層深めるものです。
私たち国民は、提示される政策の「見せ方」に惑わされることなく、その背景にある構造的な課題を理解し、日本の未来を見据えた賢明な選択が求められています。
政治は、私たち一人ひとりの選択で変わります。この参院選は、単なる支持政党を選ぶだけでなく、日本の財政と国民生活のあり方を根本から問い直し、未来を切り拓くための、私たち国民に与えられた最も重要な機会なのです。あなたの1票が、日本の未来を形作ります。