減反回帰か、改革か?高市政権・鈴木農水相が掲げる「需要に応じた生産」の光と影 | マーケターのつぶやき

減反回帰か、改革か?高市政権・鈴木農水相が掲げる「需要に応じた生産」の光と影

「減反政策」は本当に終わったのか?――高市政権が誕生し、新たに農林水産大臣に就任した鈴木憲和氏の「需要に応じた生産」というスローガンに、農政関係者の間で疑念が広がっています。

鈴木大臣は「マーケット拡大」を強調しますが、その強力な支持基盤は、米価の安定を最優先するJA(農協)グループです。現行の農政が抱える、「補助金で転作を促し、主食用米を作らせない」という構造的な矛盾を大臣が解消する意思は乏しいと見られています。

過去の供給調整策に逆戻りするのか、それとも未来志向の改革を進めるのか。日本の食料安全保障の行方を握る、新大臣の真の目的に迫ります。

1. 高市政権下の農政への注目:「米価安定」優先の帰結

高市政権が発足し、経済政策と並んで「食料安全保障」を最重要課題とする農政改革に注目が集まっています。

新たに農水大臣に就任した鈴木憲和氏は、元農林水産省職員であり、自民党内でも農林部会長代理や農林水産副大臣を歴任した、農政の機微を知り尽くした人物です。大臣は一貫して「現場主義」と「先の見通せる安心感のある農政」を強調しています。

しかし、鈴木大臣の選挙区である山形県第2区は農業地帯であり、JAグループが強力な支持基盤です。

この「現場に寄り添う」という言葉は、その実態が「JAという最大の支持基盤の利益(米価安定)に寄り添う」ことと直結するため、「消費者や国民全体の食料安全保障を無視している」という深刻な批判に晒される危険性を孕んでいます。大臣の言葉の裏で、国民の食卓と国の農政が、特定の利益団体の論理によって誘導され続けるのではないかという懸念は払拭されません。

結果として、この「現場主義」が米価の安定を最優先する場合、国は主食用米の供給過剰を防ぐための「水田の利用調整」を最重要視し続けることになります。これは、米価が下がる局面で国内の主食生産を抑制し、食料安全保障の強化という政権の掲げる目標とは逆行するという、従来の農政の最大の矛盾を継続させることにつながります。

2. 「需要に応じた生産」の真意と懸念される「減反回帰」

鈴木大臣が掲げた「需要に応じた生産」は、従来の「減反政策」とは異なる理想論ですが、その実行は極めて困難です。大臣の政策が「減反回帰」に近い政策となる可能性は、以下の3つの要因によって裏付けられます。

要因1:現在の高値水準を維持したい、切実な現場の要求

鈴木大臣が掲げる「安心感のある農政」が意味する米価の安定とは、現在の高値水準を下回らせないことを指す可能性が高いです。

現在の米価は、肥料や燃油などの生産コストが大幅に高騰した状況下で、農家の利益を確保するために維持されている水準です。生産者にとって、「価格が一度上がると下げたくないという心理(現状維持バイアス)」が強く働くため、大臣がこの高値水準を維持・安定させるための供給調整を目的とする可能性は極めて高いのです。

要因2:票田の圧力と現場の現実的な限界

米価暴落を防ぎたいJAの意向を最優先せざるを得ません。これは、鈴木大臣の選挙区である山形県第2区をはじめ、日本の農業地帯において、JAグループが有する組織票が当選に不可欠だからです。JAの意向に反する政策を採ることは、次期選挙での支持撤退という、大臣の政治生命を脅かす最大のリスクとなります。

市場の需要が急拡大しない現状で、主食用米の増産は供給過剰を招くため、大臣が「生産側からだけで増産をし続けることは現実的には難しい」と認めている通り、形式を変えつつも何らかの生産調整(抑制)が必要不可欠です。

要因3:党農林部会による「政策の縛り」の強さ

鈴木大臣は初入閣であり、党内での発言力や影響力は、長年農政を牛耳ってきた年配の農水族の重鎮たちに及びません。

党の重要な政策や予算は、JAの意向を強く受ける自民党の「農林部会」で事前審査を受けます。この部会が「米価安定」を最優先する姿勢を崩さない限り、大臣がどれほど構造改革を主張しても、部会段階で「米の供給を抑制する方向」(実質的な減反)に政策が修正され、大臣の改革の自由は強く制限されます。

3. 構造的な課題:新規需要米支援強化のジレンマ

そして、その供給調整の手段として大臣が強化を示唆しているのが、「輸出米や飼料用米といった『新規需要米』への転換支援の強化」です。

これは、米価安定に不可欠な政策である反面、米の補助金制度が抱える構造的な矛盾を解消に至らせない可能性が高いことを示しています。

  • 補助金は「減反誘導」装置: 現行の制度では、主食用米を作付けするよりも、飼料用米など「新規需要米」に転作する方が手厚い交付金が出ます。この交付金こそが、実質的に主食用米の作付けを抑制し、米価を高く維持するためのメカニズムとして機能しています。
  • 構造的な問題の温存: 転換支援の「強化」は、この「補助金頼みの生産調整メカニズム」を固定化・強化することを意味します。結果として、米価安定と引き換えに主食用米の生産抑制を続ける「政策の脆弱性」は温存され、米不足や米価高騰の度に農家が主食用米に回帰する悪循環が続きます。

さらに、食料安全保障の観点から自給率向上に本当に必要な、輸入依存度の高い麦や大豆といった作物の振興が遅れるというジレンマも続きます。

4. 注視すべき今後の動向

鈴木農水大臣の農政は、「改革」という理想と、「安定」を求める支持基盤との間で、難しいかじ取りを迫られています。

大臣の「現場に寄り添う」という言葉が、実質的な「減反回帰」となるのか、あるいは構造的な課題の解決に挑む「真の改革」となるのかを判断するには、以下の具体的な施策を注視する必要があります。

  1. 水田活用交付金など、既存の生産調整システムの見直しがどう具体化されるか。
  2. 海外市場拡大や新規需要創出に向けた、具体的な予算措置と実行力。
  3. 肥料高騰など、生産コスト増に対する恒久的な経営安定策が打ち出されるか。

高市政権の農政改革が、構造改革を進める「攻めの農業」となるのか、それとも安定を優先する「守りの農政」となるのかは、これから具体化される政策の中身によって決まります。

5. 米価格への影響:米の価格は「高止まり」が続く見通し

鈴木農水大臣の「需要に応じた生産」が、実質的に「減反回帰」の様相を呈する可能性が高いことから、消費者にとって最も重要な米の価格は、構造的に「高止まり」が続く可能性が高いと見られます。

政策がJAの意向に沿って現在の高値水準の維持を最優先する限り、国は補助金を使ってでも市場への供給量を抑制し続けます。これにより、需給が引き締まり、消費者が期待する大幅な価格下落は起きにくいでしょう。

したがって、米価については、生産コスト増(肥料・燃油代)も相まって、現状の価格か、もしくは若干の上昇傾向で推移することが、当面続くメインシナリオとなる可能性が高いと考えられます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 「減反」とは、具体的に何ですか?

A. 減反政策とは、米の過剰生産による価格暴落を防ぐため、国が農家に対して主食用米の作付け面積を制限し、その代わりに飼料用米など別の作物への転作を促す政策です。現在は正式には廃止されていますが、新規需要米への補助金という形で、実質的な作付け抑制(供給調整)が続いています。

Q2. 鈴木大臣の言う「需要に応じた生産」は、なぜ減反回帰につながる可能性があるのですか?

A. 大臣の「需要に応じた生産」はあくまで理想であり、現在は減反回帰につながる可能性が高い段階です。

その理由は、①農家が現在の高値水準の維持を求めている②大臣が票田(JA)の意向を最優先せざるを得ない③党の農水族が供給抑制の路線を堅持している、という三重の構造的圧力が働いているためです。

この圧力をはねのけて、本当に米の増産と流通改革が進むかどうかは、今後の具体的な政策(特に補助金の配分や水田政策の見直し)にかかっています。

Q3. 「農水族」とは何ですか?

A. 農水族とは、自民党内で農林水産業分野の政策決定に強い影響力を持つベテラン議員の集団です。JAグループと強固な繋がりを持ち、党の農林部会などを通じて、農家・JAの意向を政策に強く反映させる力を持っています。初入閣の大臣は、この族議員たちの意向に逆らいにくい構造にあります。