6月3日 17:53 ドン・キホーテ社長が提言した「5次問屋」は本当に必要か?~「令和の米騒動」が暴いた、米流通の多すぎる階層~ | マーケターのつぶやき

ドン・キホーテ社長が提言した「5次問屋」は本当に必要か?~「令和の米騒動」が暴いた、米流通の多すぎる階層~

2023年夏、「令和の米騒動」とまで呼ばれた米の価格高騰と品薄は、私たちの食卓に大きな不安をもたらしました。店頭から米が一時的に姿を消し、価格が急騰する中で、多くの人が抱いた素朴な疑問があります。「なぜ、こんなにも米の供給が不安定になるのか?」「一体、私たちの食卓に届くまでに、米はどれだけ多くの段階を経ているのだろうか?」

そんな中、特に注目を集めたのが、ディスカウントストア大手ドン・キホーテを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の吉田直樹社長(当時)の発言でした。吉田社長は、当時の小泉進次郎農林水産大臣に提出した意見書の中で、米の流通には最大で「5次問屋」まで存在し、それが価格高騰や供給不安定の一因になっていると指摘したのです。

一般的な米の流通経路は、農家からJAが集荷し、そこから卸売業者を経て小売店へ、という比較的シンプルなイメージを持っている人が多いでしょう。しかし、ドン・キホーテの社長が語った「5次問屋」という言葉は、そのイメージを大きく覆し、米流通の複雑さと不透明性を私たちに突きつけました。一体、米が私たちの食卓に届くまでに、なぜこれほど多くの段階を経る必要があるのでしょうか?

「5次問屋」発言の衝撃と、それが示唆するもの

ドン・キホーテの吉田社長の「5次問屋」発言は、当時の米流通の課題を巡る議論に大きな波紋を広げました。吉田社長は、ドン・キホーテのような大規模小売業者が、精米や袋詰めを終えた米を仕入れる際、「取引した卸が5次問屋だったこともある」と具体的に証言。この多段階にわたる卸売業者の存在が、中間コストを積み重ね、米の価格高騰や供給不足の一因となっていると訴えました。

この発言は、単なる業界内の内情暴露にとどまりませんでした。私たち消費者が日々購入する米の価格に、見えない形でどれだけの中間マージンが上乗せされているのか、そして流通の効率性がどれだけ低いのかを、具体的な数字として突きつけたのです。

通常、米の流通は「農家 → JA(または集荷業者) → 卸売業者(米卸) → 小売店 → 消費者」という、間に1~2段階の卸売業者を挟むのが一般的とされています。しかし、ドン・キホーテの事例は、特定の状況下や特定の取引形態において、いかに多段階の問屋が介在しうるかという、流通の「実態」を浮き彫りにしました。彼らのような大量仕入れを行う企業が、なぜ一次問屋ではなく、さらに先の5次問屋と取引するに至ったのか。それは、流通の最末端にまで細分化された業者や、特定のニーズ(例えば小ロットでの緊急配送、特定の品質の確保など)に応える業者が存在することを示唆しています。

なぜ米の流通は複雑化しやすいのか?(「必要論」と「非効率論」)

では、米の流通に、本当にここまで多くの問屋が必要なのでしょうか?

米の流通が多段階になる背景には、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。関係者からは「必要だから存在している」という声も聞かれますが、その理由を深く掘り下げてみましょう。

「必要論」の側面:流通が担うべき機能

  1. 生産量の分散と集約: 日本の米農家は、小規模な経営体が多く、個々の農家が直接全国の小売店や消費者に販売するのは現実的ではありません。JAなどの集荷団体が、多数の農家から米を集め、ある程度のまとまった量にして卸売業者に販売する役割は、安定供給のために不可欠です。
  2. 品質の多様性と調整: 「コシヒカリ」「あきたこまち」といった主要品種だけでも産地や作柄で品質は異なります。さらに多様なブランド米が存在し、消費者の求める均一な品質や価格帯に合わせて、これらを適切に仕分け、精米、ブレンドする機能は、卸売業者や問屋が担っています。
  3. 物流と保管の専門性: 米は重く、大量に輸送・保管するコストがかかります。また、長期保存には適切な温度・湿度管理が必要で、これには広大な倉庫と専門知識が不可欠です。収穫期に大量に仕入れ、需要期に合わせて放出するという在庫調整の機能も、問屋の重要な役割です。
  4. きめ細やかな販売網: 全国のスーパーマーケットから地域密着型の米穀店、さらには飲食店まで、多様な販売先に米を届けるためには、地域に密着した細やかな配送網が必要です。大手卸売業者が全てを担うのは非効率な場合もあり、地域の中小問屋がその役割を果たすことがあります。

「非効率論」の側面:なぜ多すぎるのか?

これらの機能は確かに必要ですが、それが「5次問屋」という多すぎる階層まで必要かを考えると、疑問が残ります。

  • 中間マージンの不透明性と過剰な利益: 各段階の問屋がそれぞれ利益を上乗せするため、最終的な小売価格は高くなります。ドン・キホーテが指摘したように、過剰な階層は、消費者負担の増大に直結します。 これを裏付けるように、当時の小泉進次郎農林水産大臣は国会で、「社名は言いませんけど米の大手卸売業者の営業利益500%ですよ」と公表し、この高騰は異常であると指摘しました。大臣は、このような状況を「ブラックボックス」だと述べ、「よくお考え頂きたい」と業界に問いかけました。「営業利益500%」という異常な数字は、流通の過程で不透明な形で莫大な利益が一部に集中している可能性を示唆しており、消費者や生産者が適正な価格の恩恵を受けにくい構造があることを浮き彫りにしています。 この異常な利益の背景には、JAの米集荷における圧倒的なシェアと、その後の一次問屋が実質的に固定され、新規参入が困難な状況にあることが強く関係しています。業者が固定されて競争原理が働かないため、市場がひっ迫した際に、既存の卸問屋が極めて強い価格交渉力を持ち、高値での販売を容易にしました。
  • 情報伝達の遅延と不透明性: 多くの段階を経ることで、生産者の情報や消費者のニーズが伝わりにくくなります。また、市場全体の需給状況や在庫量が把握しづらくなり、今回の「米騒動」における備蓄米の放出判断や、流通段階での目詰まりを招いた一因とも考えられます。
  • 商慣習と非効率の温存: かつて政府管理下にあった米の流通は、自由化後もその名残や既存の商慣習が色濃く残っています。競争が少ない、あるいは変化を嫌う体質が、必ずしも効率的ではない多段階構造を温存させている可能性も否定できません。

他の食品流通との比較:なぜ米だけが際立つのか?

米の流通の複雑さは、他の食品と比較するとより顕著に見えてきます。

  • 生鮮食品(青果物、魚介類など): これらの流通も、生産者から集荷団体、産地市場の卸売業者、消費地市場の卸売業者、仲卸業者を経て小売店へ、と最大で5~6段階を経ることはあります。しかし、これは鮮度維持のための迅速な輸送や、日々変動する需要に対応するための競りという市場機能が重要だからです。近年は、生産者と小売店が直接契約する「中抜き」も進んでいます。
  • 加工食品(調味料、レトルト食品、菓子など): メーカーから一次卸売業者、二次卸売業者を経て小売店という流れが多く、通常は3~4段階ほどです。大手小売業者の交渉力が高いため、メーカーや一次卸と直接取引し、中間段階を減らす傾向が強いです。
  • 食肉: 生体を解体・加工する特性上、生産者から食肉処理場、食肉卸売業者、部分肉加工業者、精肉小売店といった専門的な工程が挟まります。これはその食品の特性上、必要な複雑性と言えます。

これらの食品と比較すると、米は精米以外の「加工」はそれほど多くないにもかかわらず、その流通経路は非常に多岐にわたります。これは、「国民食」としての特殊な地位、かつての厳格な管理制度の歴史、そして多品種少量生産の農家構造といった、米特有の背景があるためと考えられます。特に、品質の安定供給と需給調整という側面が、複雑な問屋機能の発達を促してきたと言えるでしょう。

「5次問屋」は本当に必要か?今後の米流通の課題と展望

「令和の米騒動」は、米の流通が抱える長年の課題、特にその複雑性と不透明性を改めて浮き彫りにしました。ドン・キホーテの吉田社長の提言は、まさにその核心を突くものであったと言えます。

果たして、全ての米流通において「5次問屋」までが必要なのでしょうか?答えは、おそらく**「全てにおいて必要ではない」でしょう。

しかし、この多層構造の議論では、しばしば「それがなくなったら、その対象の人たちの仕事がなくなる」「中間業者が増えても米の価格は上がらない」といったJA関係者からの発言が聞かれます。

JA関係者が語る「価格は上がらない」という主張について:しかし、経済学の基本原理や流通コストの分析、そして「令和の米騒動」で顕在化した価格高騰の実態を見れば、この主張は信憑性が低いと言わざるを得ません。中間マージンは各段階で積み重なり、非効率性が最終価格に転嫁されるのが一般的です。

JA関係者が語る「仕事がなくなる」という主張について:確かに、既存の仕組みが変化すれば、そこで働く人々の生活に影響が出るのは切実な問題です。長年の慣習や築き上げてきたビジネスモデル、そこに属する人々の生活を守りたいという、既存の業者側の切実な思いがあるのは理解できます。しかし、市場経済においては、どの企業も受注先がなくなれば、新たな受注先を探したり、自ら新しい価値を生み出したりすることが求められます。この主張は、効率性や消費者利益よりも、既存の雇用や既得権益の維持を優先する姿勢と受け取られかねません。

これらの業界からの声が、米流通の透明化や効率化の議論を停滞させる一因となっている可能性を指摘できます。

今後の米流通は、以下のような方向性で、より効率的で透明性の高い構造へと変化していく必要があります。

  • 「中抜き」の推進: 大手小売業者が、可能な限り生産者やJA、あるいは一次卸売業者と直接取引を強化し、中間段階を削減することで、コスト削減と情報伝達の迅速化を図るべきです。
  • デジタル技術の活用: AIやIoTを活用した需給予測システムの導入、ブロックチェーン技術によるトレーサビリティの確保、オンラインでの直接取引プラットフォームの普及など、デジタル技術で流通の透明化と効率化を進める余地は大きいでしょう。
  • 問屋機能の再編と専門化: 過剰な階層は整理し、本当に必要な機能(例えば、特定の地域への専門配送、きめ細やかな精米・ブレンドなど)を持つ問屋は、その専門性をさらに高めることで、存在意義を明確にすることができます。
  • 情報共有の強化: 生産者、JA、卸売業者、小売店など、流通に関わる全ての関係者が、よりオープンに情報を共有し、市場全体の需給状況を可視化することで、適切なタイミングでの対応が可能になります。

今回の「令和の米騒動」が暴いた米流通の課題は、単に一時的な価格高騰や品薄の問題に留まりません。そこには、長年の商慣習、特定の関係者間の固定化された仕組み、そして変化を避けたいという組織の論理が複雑に絡み合っています。「なぜ、私たちの食卓に届く米の価格は、これほど不透明で、時に異常な高騰を見せるのか?」 そして「なぜ、効率化が叫ばれる時代に、これほど多くの段階を経る必要があるのか?」。

この騒動を単なる一過性のものとせず、米の流通システム全体を見直す契機と捉えることが、いま何よりも重要です。その過程で生じる雇用の問題は、決して単なる業界の責任ではなく、「仕事を失う」のではなく「新たな仕事を生み出す」「既存のスキルを新たな形で活かす」といった、前向きな転換を社会全体で考えるべき課題でもあります。

これらの問いは、JAや卸売業者といった特定の業界だけが抱える問題ではなく、私たち消費者一人ひとりが、日々の食卓を支える食料システムのあり方、そしてその中での自身の役割を改めて見つめ直す機会を与えてくれています。日本の食の未来のために、この「見えない壁」の存在を認識し、私たちの食卓に米が安心・安全・適正な価格で届くために、そして生産者が安心して米作りに取り組めるために、多すぎる階層の是非を問い、よりシンプルで効率的な流通構造を追求していくことが、いま強く求められています。