「17日間、私たちが目撃したのは、数字では測れないドラマだった」
2026年2月22日、イタリアのミラノ・コルティナ冬季五輪が閉幕し、17日間にわたる熱戦の幕が下りるとともに聖火が静かに消えました。
今大会、日本選手団の圧倒的な快進撃の口火を切ったのは、大会第2日にスノーボード男子ビッグエアで日本勢金メダル第1号に輝いた木村 葵来選手でした。弱冠10代の新星が掴んだその栄光は、日本チーム全体に「いける」という確信と勇気を与え、そこから史上空前のメダルラッシュが始まりました。
結果として日本は、深田 茉莉選手、村瀬 心椛選手、戸塚 優斗選手、そして三浦・木原組らによる金メダル5個を含む、冬季史上最多となる計24個のメダルを獲得。しかし、その輝かしい数字の裏側には、絶対王者が魔物に呑まれる残酷な結末や、4年前の悪夢を不屈の精神で塗り替えた再生の物語がありました。ミラノの雪原に刻まれた、アスリートたちの気高い「生」の軌跡を振り返ります。
🌫️ 圧倒的本命を襲った「魔物」と、非情なリタイア
今大会、世界中を驚かせたのは、盤石と思われた絶対王者たちの予想だにしない結末でした。
フィギュア男子シングルでは、絶対王者イリア・マリニン選手がまさかの失速。そして雪上でも、アルペン男子回転で1回目トップに立ち、金メダル獲得が確実視されていたアトルリー・マグラース選手が、2回目の開始直後にコースアウトして失格となりました。 大声を上げて悔しさを爆発させ、ストックを投げ捨てて無人の雪原へと歩き去ったマグラース選手。開会式当日に祖父を亡くした悲しみを抱えながら挑んだ舞台で、「全てのことから離れたかった」と語った彼の孤独な姿は、五輪の持つ非情な側面を象徴していました。
🏂 スノーボード:木村葵来が切り拓いた「史上最高のメダルラッシュ」
日本に最初の歓喜をもたらしたのは、21歳の新星・木村葵来選手でした。 スノーボード男子ビッグエア決勝、追い込まれた3回目で見せた超大技「スイッチバックサイド1980」。夜空を突き抜けるような高高度のエアから完璧な着地を決めた瞬間、この種目日本初、そして今大会日本勢第1号の金メダルが確定しました。
「首が取れそうなほど重い」と語った彼の金メダルは、後続の選手たちに強烈な勇気を与えました。この勝利を皮切りに、女子の深田茉莉選手や村瀬心椛選手、ハーフパイプの戸塚優斗選手へと「金メダルのバトン」が繋がれ、日本スノーボード界の黄金時代が幕を開けたのです。
🏂 スノーボード:席巻した「新星」たちと、受け継がれる「誇り」
雪上では、日本の若き才能たちが歴史を塗り替えました。 女子スロープスタイルでは深田茉莉選手が金メダルを獲得。さらに女子ビッグエアでは、村瀬心椛選手が金メダルに輝き、スロープスタイルでの銀メダルと合わせ、二つのメダルを獲得する圧巻のパフォーマンスを見せました。男子ハーフパイプでも戸塚優斗選手が悲願の頂点に立ち、日本スノーボード界の黄金時代を世界に見せつけました。
その一方で、順位を超えた感動を届けたのが平野歩夢選手です。大会直前の複数箇所骨折という絶望的な状況で強行出場。結果は7位でしたが、膝の感覚がない中で完遂した魂の演技に、海外勢からも「レジェンド」として惜しみない称賛が送られました。
🏂 平野歩夢:満身創痍で示した「レジェンド」の誇り
同じ舞台で、順位という数字を超えた感動を届けたのが、連覇を目指した平野歩夢選手でした。 大会直前の1月、練習中に板が折れ曲がるほどの激しい転倒を喫し、複数箇所を骨折するという絶望的な状況で今大会に出場。膝の感覚がないほどの痛みの中で2回目のランを完遂した彼の姿は、解説者からも採点が「からい」と声が上がるほどの魂の演技でした。結果は7位でしたが、海外のライバルからも抱擁で称えられたその姿は、メダルの色以上に尊い「レジェンドの生き様」を証明していました。
🕊️ 4年越しの結実:高梨 沙羅が示した「不屈」の真意
今大会、多くの日本人の胸を打ったのは、スキージャンプ・高梨 沙羅選手が掴んだ銅メダルでした。
振り返れば4年前。北京五輪の混合団体で、スーツの規定違反により「失格」の判定。雪原に泣き崩れ、「自分のせいで皆の人生を変えてしまった」と自らを責め続けた彼女の姿は、あまりにも過酷な記憶として残っていました。その後、彼女は「もう一度飛んでいいのか」という葛藤の中にありました。
一時は競技を離れることさえ考えましたが、支えてくれたのは周囲の温かい声と、「跳ぶことが好きだ」という自身の原点でした。一度どん底を味わい、それでもなお空へと向かった4年間。ミラノの空で放った飛翔、そして着地後に静かに浮かべた笑顔は、勝利以上の「再生」を象徴する、今大会を象徴する光景となりました。
⛸️ 女子フィギュア:SP独占の興奮、そして新時代への「継承」
氷上でも歴史が動きました。ショートプログラム(SP)では、中井亜美選手が1位、坂本花織選手が2位、千葉百音選手が3位と日本勢がトップ3を独占し、日本中が熱狂に包まれました。
逆転で金メダルを手にしたのは、アメリカのアリサ・リウ選手です。一度は現役を引退しながらも、「スケートを楽しむ」という心を取り戻してリンクに戻ってきた彼女のカムバックは、多くのファンを勇気づけました。SP首位から挑んだ中井亜美選手は、最終的に銅メダル。初出場で世界のトップ3に食い込んだ彼女の快進撃は、今後シニアに転向する島田麻央選手らと共に、日本女子フィギュア界がさらなる活気に満ちる未来を予感させました。
エース・坂本花織選手は、誇り高き銀メダル。この五輪を集大成と決めて挑んだ彼女の「コーチとして戻ってきたい」という言葉は、自身の幕引きを、次世代への「継承」へと変えた美しい門出となりました。
🏂 雪上に刻んだ「レジェンド」の誇りと「新星」の輝き
雪上のドラマも負けてはいません。 女子スノーボード・ハーフパイプでは、悲願の日本勢初となる金メダリストが誕生! 圧倒的な高さのエアで世界の頂点に立った若き才能に、日本中が熱狂しました。 その一方で、私たちの心を震わせたのは「日本のレジェンド」の挑戦です。度重なる怪我をおして、満身創痍でスタート台に立ったその姿。メダルには届かなかったものの、自身の限界に挑み続けた最後の1本は、結果を超えた「生き様」として、観る者すべてに勇気を与えてくれました。
⛸️ スピードスケート:高木美帆、歴史を塗り替えた「通算10個」の金字塔
スピードスケート界の至宝、高木美帆選手は今大会、日本のスポーツ史に新たなマイルストーンを打ち立てました。 個人種目の500m、1000m、そして団体パシュートで3つの銅メダルを獲得。これにより、夏冬合わせた自身の通算メダル獲得数を、日本女子初、かつ冬季選手として初の二桁となる「10個」へと伸ばしました。
かつて橋本聖子氏(1個)、清水宏保氏(3個)、葛西紀明選手(2個)といった、日本の冬季五輪を象徴するレジェンドたちが築いてきたメダル数と比較しても、この「10」という数字は驚異的です。それは、1960年代前後の体操黄金時代に打ち立てられた、日本スポーツ界の伝説的な記録に肩を並べるものです。
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1位:小野喬(13個)
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2位:加藤沢男(12個)
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3位:中山彰規(10個)、高木美帆(10個)
15歳での初出場から16年、これほど長く、かつ多種目で世界の頂点を争い続ける彼女の歩みは、まさに「氷上の鉄人」と呼ぶにふさわしいものです。
⛸️ 1500mへの執念:メダルを超えた「アスリートの魂」
しかし、そんな輝かしい戦績の裏で、高木選手が最も強い想いを懸けていたのは、世界記録保持者として挑んだ1500mでした。 「この種目のためにすべてを捧げてきた」という並々ならぬ決意で臨んだ一戦。結果は惜しくも4位と表彰台を逃すものでしたが、極限まで攻め抜いたその滑りは、観る者の心を震わせました。メダルの色や数では測れない、一人のアスリートが人生を懸けて挑んだ「誇り」が、その氷の上には刻まれていました。
✨ 奇跡の大逆転:りくりゅうが証明した「ふたりの絆」
今大会、日本中で最も熱い涙を誘ったのは、フィギュア・ペアの「りくりゅう」こと三浦璃来選手と木原龍一選手でした。 二人のここまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。北京五輪後の4年間、木原選手を襲った度重なる腰の怪我。練習すらままならず、棄権を余儀なくされた大会もありました。それでも三浦選手は「龍一くん以外とのペアは考えられない」と彼を信じて待ち続け、木原選手はその想いに応えるべく過酷なリハビリを乗り越えてきました。
迎えた五輪本番。SPでのミスにより5位と出遅れ、誰もが「奇跡は起きない」と思った翌日のフリー。映画『グラディエーター』の調べに乗せ、二人はまさに戦士のごとくリンクを駆け抜けました。一糸乱れぬスロージャンプ、そして深い信頼がなければ成し得ない最高難度のリフト。 叩き出した得点は、フリー世界歴代最高となる158.13点。大逆転で掴み取った日本ペア史上初の金メダル。演技終了後、リンクに崩れ落ちて抱き合った二人の姿は、技術を超えた「絆の強さ」を物語っていました。
そして閉会式。ファンの間で「三浦選手を大切に届ける」様子から「木原運送」と親しまれる愛称そのままに、木原選手は三浦選手を肩車して笑顔で入場しました。その高さは、二人が困難を乗り越えて積み上げてきた信頼の高さそのものでした。
🥇 栄光の記録:ミラノ・コルティナを彩ったメダリストたち
日本代表が獲得した「金5・銀8・銅11」の全軌跡。そこには、一人ひとりの魂が刻まれています。
【金メダル:5個】
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三浦璃来・木原龍一(フィギュア・ペア):金メダル
日本ペア史上初の金メダル。絆で掴んだ大逆転劇。
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深田茉莉(スノーボード・女子スロープスタイル):金メダル
圧倒的な滑りで、日本女子スノーボード界の新たな頂点へ。
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村瀬心椛(スノーボード・女子):金メダル(ビッグエア)/銀メダル(スロープスタイル)
二種目で表彰台に登る快挙。エースとしての強さを見せつけました。
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戸塚優斗(スノーボード・男子ハーフパイプ):金メダル
悲願の初制覇。過去の悔しさをすべて晴らす最高の演技でした。
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木村葵来(スノーボード・男子ビッグエア):金メダル
圧倒的なエアで世界の頂点へ。新時代の王者が誕生しました。今大会日本勢の金メダル第1号。大会序盤に彼が掴んだ栄光が、日本選手団全体の士気を一気に高めました。
【銀メダル:8個】
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村瀬 心椛(スノーボード・女子スロープスタイル)
ビッグエアの金と合わせ、「日本女子初の1大会2メダル」の快挙。世界屈指のオールラウンダーであることを証明しました。
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木俣 椋真(スノーボード・男子ビッグエア)
王者・木村選手と最後まで激しく競り合い、日本勢ワンツーフィニッシュを完成させた立役者。その安定感は世界から称賛されました。
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坂本 花織(フィギュア・女子シングル)
「世界女王のプライド」。ミスが許されない緊迫した空気の中、圧倒的なスピードと力強いジャンプで掴み取った、金メダルに等しい銀メダルです。
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鍵山 優真(フィギュア・男子シングル)
怪我からの完全復活。父でありコーチの正和氏と共に歩んだ4年間が、磨き抜かれた表現力と完璧な着氷に結実しました。
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二階堂 蓮(スキージャンプ・男子個人ラージヒル)
「風を味方につけた新エース」。絶対的エース不在の危機に、日本の空を救う特大ジャンプを披露。世界を震撼させた銀メダルです。
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堀島 行真(フリースタイルスキー・男子デュアルモーグル)
今大会からの新種目で、初代王者まであと一歩に迫る快走。日本のモーグル史に新たな1ページを刻みました。
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スピードスケート 男子団体パシュート(一戸 誠太郎、土屋 陸、野々村 太陽)
「3人で描いた一糸乱れぬ曲線」。強豪オランダを追い詰めた究極の低姿勢と連携は、世界で最も美しい隊列と称されました。
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フィギュアスケート日本代表(団体)
(鍵山 優真、佐藤 駿、坂本 花織、中井 亜美、三浦 璃来、木原 龍一、吉田 唄菜、森田 真沙也)
全カテゴリーが世界のトップレベルであることを証明した、日本フィギュア界の悲願の結晶です。
【銅メダル:11個】
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山田 琉聖(スノーボード・男子ハーフパイプ)
「19歳の新星が放った光」。戸塚選手とのダブル表彰台を決め、日本男子の層の厚さを世界に示しました。
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小野 光希(スノーボード・女子ハーフパイプ)
予選11位という崖っぷちから大逆転。追い込まれた状況で決めた超大技は、執念が生んだ奇跡でした。
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冨田 せな(スノーボード・女子ハーフパイプ)
直前の負傷を抱えながら滑り切った「不屈の旗手」。2大会連続メダルという誇り高き結果です。
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川村 あんり(フリースタイルスキー・女子モーグル)
北京の悔し涙、そして大怪我を乗り越えた悲願の表彰台。「諦めない心」が呼び寄せた銅メダルです。
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ショートトラック 男子5000mリレー(吉永 一貴、宮田 将吾、渡邊 啓太、岩佐 暖)
28年ぶりの歴史的快挙。「氷上の格闘技」を4人の絆で潜り抜け、日本に再び歓喜をもたらしました。
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スピードスケート 女子団体パシュート(高木 美帆、佐藤 綾乃、菊池 純礼)
前回大会の悔しさを胸に、三人の力が結集して掴み取った、黄金の輝きに劣らぬ銅メダルです。
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高木 美帆(スピードスケート:500m / 1000m)
個人でも世界のトップを死守。このメダルで通算10個という前人未到の聖域に到達しました。
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中井 亜美(フィギュア・女子シングル
17歳9ヶ月。日本フィギュア史上最年少での快挙。新時代の到来を世界に印象付けました。
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佐藤 駿(フィギュア・男子シングル)
「4回転の申し子」が見せた執念。幾度の怪我を乗り越え、努力が結実した最高の表彰台です。
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二階堂 蓮(スキージャンプ・男子個人ノーマルヒル)
ラージヒルの銀に続く二つ目のメダル。日本ジャンプ界の次代を担う圧倒的な実力を見せました。
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高梨 沙羅(スキージャンプ・女子個人ノーマルヒル)
北京の悲劇を乗り越えた「不屈のレジェンド」。再び掴んだメダルと笑顔は、日本中の涙を誘いました。
🏂 順位を超えた称賛:不屈のアスリートたち
事故による重傷から奇跡の復活を遂げた新濱立也選手(6位入賞)や、骨折を抱えながら戦い抜いた平野歩夢選手。彼らの不屈の精神は、メダル以上の感動を届けました。
🏆 次なる4年へ続く、黄金のバトン
史上最多24個のメダルという結果は、日本の冬季スポーツが新たなフェーズに入ったことを明確に示しました。ベテランが意地を見せて道を繋ぎ、それを見た若き新星たちが臆することなく世界に挑む。その「循環」こそが、今大会の真の勝因と言えるでしょう。
ミラノ・コルティナで放たれた光は、早くも2030年の次なる舞台へと向かっています。戦い抜いたすべての選手たちに敬意を表するとともに、彼らが氷上・雪上に残した勇気を糧に、また新しい物語が始まろうとしています。
🏆 祝福と、さらなる未来へ
戦い抜いたすべての選手たちに、心からの敬意と祝福を贈ります。 結果に歓喜した人も、悔しさに唇を噛んだ人も、あなたがミラノの雪原に残した足跡は、決して消えることはありません。その勇気はすでに、次の世代へと繋がる希望の種となっています。
ひとまずは心身を休め、誇りを持って日本へ。皆さんが氷上・雪上で見せてくれた輝きを糧に、また新しい物語がここから始まります。本当にお疲れ様でした。
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