選挙の公正を脅かす?「ゲリマンダー」とは何か—その歴史と狡猾な手法とは? | マーケターのつぶやき

選挙の公正を脅かす?「ゲリマンダー」とは何か—その歴史と狡猾な手法とは?

「🗳️ あなたの貴重な一票が、最初から“無力化”されているかもしれない

現代の民主主義において、選挙結果が投票者の意志とは関係なく、たった一本の線で操作されているとしたら? それが、特定の政党が永遠に勝ち続けるために、巧妙に選挙区を区切る「ゲリマンダー」の恐ろしさです。

この言葉は知っていても、その歴史的背景や、特定の票を「詰め込む」「細断する」といった狡猾な手口まで理解している人は少ないかもしれません。

本記事では、アメリカでトランプ大統領を始め、世界中の政治家が利用を画策する「ゲリマンダー」とはどのようなものなのか、その語源から具体的な戦略まで徹底ご紹介します。あなたの投票権を守るためにも、この「民主主義の癌」と呼ばれる仕組みを正しく理解しましょう。

1. ゲリマンダーとは?

「ゲリマンダー(Gerrymander)」とは、選挙において特定の政党や候補者に極めて有利になるよう、恣意的に選挙区の区割りを変更する行為を指します。

これは、本来、有権者の意見を公正に反映すべき民主主義の原則を歪め、選挙結果を操作する行為として、国際的に大きな問題とされています。多くの場合、区割りが不自然に細長く、いびつな形になるのが特徴で、その奇妙な地理的レイアウトから「ゲリマンダー」と呼ばれるようになりました。

2. 奇妙な名前の由来:ゲリー知事とサラマンダー

「ゲリマンダー」という言葉は、19世紀初頭のアメリカで誕生しました。その語源は、人名と伝説上の生き物の名前を組み合わせた造語です。

  • 人物: 第9代マサチューセッツ州知事 エルブリッジ・ゲリー(Elbridge Gerry)
  • 経緯: 1812年、ゲリー知事が自分の党に有利になるよう州議会の選挙区割りを変更した。
  • 風刺画: その新しい選挙区の形が、伝説上の火のトカゲのような怪物「サラマンダー(Salamander)」に似ていると風刺された。
  • 合成語: ゲリー氏の「Gerry」と「Salamander」を組み合わせた造語が「Gerrymander」となりました。

この歴史的経緯から、いびつな形をした選挙区割りを指す言葉として、現代の政治ニュースでも頻繁に使われています。

3. ゲリマンダーの仕組み:2つの狡猾な手法

ゲリマンダーは、相手党の票を「無駄にする」ことを目的としており、主に「パッキング」と「クラッキング」という2つの手法を組み合わせて行われます。

手法①:パッキング(Packing) / 詰め込み

  • 目的: 相手党の票を一つの選挙区に集中させ、他の選挙区での影響力をゼロにする。
  • 具体的なやり方: 相手党の支持者が集中する地域を、一つの選挙区に可能な限り詰め込みます
  • 効果: その選挙区では相手党が90%などの大差で勝利するかもしれませんが、その選挙区で当選できる議員は結局1人だけです。この「過剰な票」は他の選挙区での勝利に貢献できず、事実上「無駄な票」となります。これにより、他の多くの選挙区で自党が勝利する可能性が高まります。

手法②:クラッキング(Cracking) / 細断

  • 目的: 相手党の支持票を複数の選挙区に分散させ、どこでも勝てないようにする。
  • 具体的なやり方: 相手党の支持者がまとまっている地域を、複数の異なる選挙区に細かく分割し、多数派である自党の支持者のいる地域と混ぜて区割りします
  • 効果: 相手党の支持票はどの選挙区でも40%台など過半数に達しなくなります。結果として、相手党は多くの選挙区で僅差で敗北し、自党がより多くの議席を獲得できます。

これらの手法により、全体の得票率は相手党と五分五分であっても、議席数では自党が圧倒的な差をつけることが可能になってしまいます。

4. 事例にみるゲリマンダーの現実:テキサス州の「議席操作」

ゲリマンダーの威力を最も如実に示しているのが、アメリカ合衆国での実際の選挙区割りです。特に、人口増に伴って連邦下院の議席数が増加した州では、党派間の駆け引きが激化します。

例えば、テキサス州では、州議会と州知事を共和党が占めていることを利用し、大規模なゲリマンダーが試みられました。

  • 政治状況: 州全体の得票率は共和党と民主党で拮抗し、州の人口構成も多様化しているにも関わらず、連邦下院の議席数は共和党が優位でした。
  • 戦略(パッキングとクラッキングの適用): 共和党は、人口が増加した地域で、主に都市部に集中する民主党の票を徹底的に「パッキング(詰め込み)」し、郊外の票を薄く「クラッキング(細断)」しました。
  • 結果: この区割り案が成立した場合、当時(※データが報じられた時期)連邦下院に割り当てられたテキサス州の議席数のうち、共和党がそれまでの優位をさらに拡大し、民主党の議席を大幅に削減する結果が見込まれました。

このように、ゲリマンダーは、投票者の総意ではなく、区割りを決める側の党派的な都合によって、議会構成を数十年にわたって固定化する力を持っています。このため、トランプ大統領(当時)も、党の優位を維持するための戦略として、こうした州レベルの動きを積極的に称賛しています。

5. ゲリマンダーが民主主義に与える深刻な影響

ゲリマンダーは、選挙結果を恣意的に操作するだけでなく、民主主義の質そのものに悪影響を与えます。

  1. 一票の価値の不公平: 有権者が公平に投票しても、その地域がゲリマンダーの標的となった場合、その投票行動が区割りによって意図的に無力化されます。これは「一票の格差」とは別の次元での公正さの欠如です。
  2. 政治の二極化の助長: ゲリマンダーによって安全な議席を確保された議員は、選挙で勝つために、自党の支持層(予備選挙の有権者)の意見だけを強く意識するようになります。その結果、妥協や中道的な政策が軽視され、党派間の対立が激化しやすくなります。
  3. 有権者の無関心: 「どうせこの区割りでは自分の票は無駄になる」と感じた有権者の間で、政治への不信感や投票率の低下を招く原因となることがあります。

近年では、AIやビッグデータ解析技術を活用することで、より精密かつ効果的なゲリマンダーが可能となっており、選挙の公正さを守るための大きな課題となっています。

6. 民主主義の公正を守るために

「ゲリマンダー」は、単なる選挙区割りの技術ではなく、民主主義の根幹を揺るがす「議席操作」であるということが、その歴史と狡猾な手法、そして事例からご理解いただけたかと思います。

  • 本質: 票の数ではなく、線の引き方で選挙結果を操作する行為。
  • 手法: 相手の票を無駄にする「パッキング(詰め込み)」と、票を分散させる「クラッキング(細断)」が中心。
  • 影響: 政治の二極化や有権者の無関心を招き、一票の価値を実質的に無力化する。

国によって制度は異なりますが、選挙の公正さを守るためには、有権者一人ひとりが「ゲリマンダー」という仕組みを理解し、不自然な区割りやその背景にある政治的意図に常に目を光らせることが、何よりも重要です。あなたの一票が歪められていないか、常に問いかけ続けることが、公正な社会への第一歩となります。

よくある質問(FAQ)

Q1. ゲリマンダーは違法ではないのですか?

党派的なゲリマンダー(特定の政党に有利になるように区切ること)自体は、アメリカの連邦最高裁判所によって原則として違憲・違法ではないとされています。なぜなら、裁判所が党派的な公正さを測る明確な基準を設定するのが困難であるためです。

しかし、人種差別的な意図に基づいたゲリマンダーは、投票権法などに違反するとして、違法と見なされ、裁判で是正が命じられることがあります。

Q2. 日本の選挙区割りでもゲリマンダーは行われていますか?

日本の衆議院選挙区の区割りは、アメリカのように州議会の多数派によって行われるのではなく、独立した第三者機関である衆議院議員選挙区画定審議会が勧告することになっています。

そのため、アメリカのような露骨な党派的ゲリマンダーは構造的に行われにくいです。ただし、「一票の格差」是正のために、従来の行政区分を無視した不自然な区割りが生じることはあります(例:「アダムズ方式」導入後の新しい区割り)。

Q3. 「デジタル・ゲリマンダー」とは何ですか?

「デジタル・ゲリマンダー」とは、従来の地理的な情報だけでなく、AIやビッグデータ(有権者の年齢、人種、所得、過去の投票履歴、SNSのデータなど)を用いて、個人の投票傾向を詳細に分析し、より効果的かつ精密な区割りを策定する手法です。

この手法により、一見しただけでは不自然に見えないにもかかわらず、特定の党に極めて有利な議席配分を実現することが可能になり、問題視されています。