物価高対策としての「おこめ券」配布――その家計支援効果と市場への影響 | マーケターのつぶやき

物価高対策としての「おこめ券」配布――その家計支援効果と市場への影響

長引く食品価格の高騰、なかでも「主食」であるお米の価格維持は、2025年の家計における最大の関心事となっています。これを受け、鈴木憲和農林水産大臣は物価高対策の目玉として、自治体を通じた「おこめ券」の配布推奨政策を打ち出しました。1人あたり3,000円相当の支援を目指すこの施策は、果たして困窮する家計の救世主となるのでしょうか。その仕組みと、実施によって生じる構造的な影響を客観的に検証します。

期待される支援効果と「おこめ券」の仕組み

政府が今回、現金ではなくあえて「おこめ券」という形での支援を推奨している背景には、支援の目的を「主食の確保」に限定し、確実に消費者の食卓を支えたいという意図があります。自治体向けの「重点支援地方交付金」に設けられた約4,000億円の特別枠を活用し、速やかな配布が期待されています。

しかし、この一見して利便性の高い支援策の裏側には、従来の現金給付では見られなかった特有の「コスト構造」が存在することに注意が必要です。

手数料という名の「中抜き」構造

まず検証すべきは、おこめ券の不透明な流通コストです。今回検討されている500円券は、公費(税金)から500円が支出される一方で、消費者が実際に店舗で使える額面は440円に留まります。この差額12%(60円)は、発行主体である「全米販(全国米穀販売事業共済協同組合)」や、流通を束ねる「JA全農(全国農業協同組合連合会)」への事務手数料、印刷代として差し引かれる仕組みです。

仮に予算4,000億円がすべて券に充てられれば、約480億円もの巨額の税金が、国民の口に入る前にこれらの団体の懐に流れ込む計算になります。国民が求めているのは「1円でも安くお米が買えること」であり、特定組織の運営費を補填することではありません。現金給付やデジタル決済であれば不要なはずのこのコストこそが、本施策が「JA組織や卸売業界への利益誘導」と批判される最大の根拠となっています。

「安くさせない」ための経済的矛盾

さらに深刻なのは、物価高対策としての経済合理性との決定的な矛盾です。本来、物価高対策とは「市場価格を下げる」か「実質的な購買力を高める」かのいずれかであるべきです。しかし、おこめ券を配るという行為は、市場におけるお米の「需要」を人為的に維持することを意味します。

経済学的な視点で見れば、価格(P)は需要(D)と供給(S)のバランスで決まります。

P = f(D, S)

現在、農政は一方で生産量を絞る政策を維持しつつ、もう一方で「おこめ券」を配って需要を下支えしています。この「供給を制限しながら、クーポンで需要を刺激する」というセットは、市場価格を高い水準で固定(高止まり)させるための確実な手法です。つまり、国民は「3,000円得した」と思わされながら、実際には「クーポンがなければ下がっていたはずの価格」以上の出費を、長期にわたってスーパーのレジで払い続けるという皮肉な構造に陥っているのです。

なぜ政府は「矛盾」に突き進むのか――維持される利権の三角形

では、なぜ政府はこれほどまでに批判を浴び、非効率な「おこめ券」に固執するのでしょうか。ここには、自民党農林族、農林水産省、そしてJAグループという「農政トライアングル」の根深い利害関係があります。

実際、鈴木大臣の政治資金収支報告書を紐解けば、JA関連団体からの献金やパーティー券収入が明記されており、資金面での密接な繋がりは明らかです。また、大臣の地元・山形県のJA会長が、おこめ券の発行元であるJA全農のトップを兼務しているという事実も、この政策が「身内」への配慮であることを強く示唆しています。

自民党にとってJAは最大の集票マシンであり、献金の源泉です。大臣が「価格はマーケットで決まるべき」と語りつつ、裏で供給制限による価格維持を図るのは、支持基盤である農家や団体の所得を守るため、ひいては自らの選挙と政治資金を確保するためです。政府にとっての「物価高対策」とは、消費者を救うこと以上に、「利権構造を維持しつつ、手数料という形で公金を特定業界へ還流させる」ための装置に他なりません。

巧妙に進む「高米価維持」の法整備

さらに看過できないのが、この矛盾を「永続化」させようとする法整備の動きです。鈴木大臣は「米価はマーケットで決まるべき」と語り、価格抑制のための備蓄米放出には否定的な立場を貫いています。しかし、その主張を根底から覆すように、政府・自民党は現在、「食料・農業・農村基本法」の改正などを通じて、平時から国が農家に対して生産調整(減反)を指示できる仕組みを強化しようとしています。

これは、市場メカニズムに任せるどころか、「法律によって供給を絞り、米価を永続的に高く維持する」という国家ぐるみの管理体制の構築に他なりません。「自由な競争」を標榜しながら、その裏で「安売りをさせない法律」を作る。献金と票で結ばれた利権を守るために、法という公的な枠組みまで動員して供給を抑え込むこの姿勢は、自由市場への冒涜とも言えるものです。

「二度と米不足にしない」という言葉の危うい真意

2025年12月21日、鈴木大臣はテレビ番組に出演し、「(農水省の)需要見通しが甘かった」と反省を口にしつつ、「二度と米不足にしない」と強調しました。しかし、この言葉を裏付ける具体的な「増産計画」や「備蓄の柔軟運用」への言及はありませんでした。

むしろ、大臣は同時に「自由に作れば価格が暴落する」と述べ、生産抑制(供給制限)を維持する姿勢を鮮明にしています。「足りなければ困るが、作りすぎて安くなるのはもっと困る」という農政の本音は、結局のところ「ゆとり(在庫)を持たせないギリギリの生産計画」を続けることを意味します。これでは、不測の事態が起きた際に再び品不足に陥るのは火を見るよりも明らかです。

短縮化する「米騒動」のサイクル――異常気象という現実

さらに懸念されるのは気候変動の影響です。今回の米騒動は前回の「平成の米騒動」から約30年、その後の不作からも10年以上の間隔がありました。しかし、近年の猛暑や極端な気象は「10年に一度」といった統計を無意味にしています。

政府が「価格維持のために生産を絞り続ける」という綱渡りの政策を続け、異常気象への抜本的な備蓄拡充を怠るならば、次の米不足は30年後どころか、わずか数年以内に再来する可能性が極めて高いと言わざるを得ません。大臣の「反省」の裏に具体的な回避策がない以上、主食の危機は今後ますます頻発し、深刻化していくリスクを孕んでいます。

期限付きの「まやかし」と自治体の反発

今回の施策を巡っては、現場を預かる自治体からも強い反発が上がっています。「事務コストを考えれば現金の方がはるかに合理的で、住民もそれを望んでいる。なぜわざわざ手数料を抜かれる『券』なのか?」という首長たちの指摘は、生活者の実感を代弁したものでしょう。

また、このおこめ券には「2026年9月末まで」という短い使用期限が設けられる方針です。これは速やかな消費を促すためとされていますが、根本的な解決を先送りし、期限が来れば消えてしまう「その場しのぎ」のカンフル剤に過ぎません。自治体側に過度な事務負担を強いてまで「期間限定の券」にこだわる姿勢は、住民サービスよりも「特定の流通ルートを維持すること」を優先していると言わざるを得ません。

根本原因:なぜ改革は「農林族」に潰されるのか

これらすべての不条理の根源には、自民党の「農林族(のうりんぞく)」を中心とした、いわゆる「農政トライアングル」の利害関係があります。

かつて小泉進次郎氏は、農林部会長としてJA改革の必要性を説き、その後、農林水産大臣としてJA全農の改革や高コスト構造の是正を断行しようとしました。しかし、大臣が「農林族」である鈴木氏に代わった途端、それらの改革案はことごとくストップし、再びJA寄りの「守りの農政」へと先祖返りしてしまいました。

日本の農政を支配する「農林族」の主な顔ぶれ

自民党内で農業予算とJAの利権を死守し、改革を阻み続けている主な顔ぶれです。

  • 森山 裕(もりやま ひろし) 自民党元幹事長。農林族の「絶対的なドン」。農協組織の集票力を背景に、政権の意思決定にJAの意向を反映させる。

  • 林 芳正(はやし よしまさ) 元内閣官房長官。複数回の農水相経験を持ち、党内屈指の農政通。現在は政権の要として、農林族の論理を閣内から支える。

  • 江藤 拓(えとう たく) 元農水相。農林族の筆頭格。「農家の所得」を盾に、価格低下に繋がるあらゆる市場開放や改革に強烈にブレーキをかける。

  • 野村 哲郎(のむら てつろう) 元農水相。鹿児島県JA中央会会長出身。小泉大臣の改革に対し「ルールを守れ」と公然と苦言を呈した、JAの代弁者。

  • 坂本 哲志(さかもと てつし) 元農水相。農林水産戦略調査会長などを歴任。地方の農協組織をまとめ上げ、選挙における組織票を繋ぎ止める中心人物。

  • 宮下一郎(みやした いちろう) 元農水相。総合農林政策調査会長として、現在の「需要に応じた生産(減反)」の維持を党側から主導。

  • 藤木 眞也(ふじき しんや) 参議院議員(JA全中出身)。自民党農林部会長代理などを務め、まさにJA組織の利益を直接的に国政に反映させる実務を担う。

  • 鈴木 憲和(すずき のりかず) 現農水相。若手農林族のホープ。地元JAとの密接な関係が政治資金面でも指摘されており、今回の「おこめ券」政策の最前線に立つ。

農林族議員にとって、農業は「産業」ではなく「集票と献金の集金マシン」です。小泉氏が切り込もうとした聖域は、これら党内中枢を占める巨大な「農林族の壁」によって再び閉ざされたのです。

他にも下記の記事で紹介したような農水族議員がいるみたいです。

2025年の参院選前に知っておきたい──「農水族」議員とは誰か?なぜ彼らに注目すべきなのか

FAQ:今さら聞けない「おこめ券配布」の裏側

Q1:おこめ券は「1枚500円」ではないのですか?

A: はい。消費者にとっては「440円分」の価値しかありません。おこめ券の販売価格は500円ですが、お米と引き換えられる額面は440円です。この「60円(12%)」の差額が、発行元の全米販やJA全農の印刷・配送・事務手数料として消えていきます。これが、記事で指摘した「公金の中抜き」の正体です。

Q2:なぜ「現金」で配らないのですか?

A: 現金だと、消費者がお米以外(他社の食品や日用品)にお金を使ってしまうからです。おこめ券に限定すれば、強制的に「JAグループや米卸業界」にお金が流れる仕組みを作れます。つまり、家計支援というよりも「特定の業界にお金を回すための装置」として設計されているのです。

Q3:小泉進次郎氏が進めようとした改革と、今の政策は何が違うのですか?

A: 小泉氏は「資材コストを下げ、自由競争で農家を強くする」という、いわば「消費者の安さと農家の自立」を両立させる改革を掲げました。対して、現在の鈴木大臣ら農林族が進めるのは「供給を絞って価格を高く保ち、補助金(おこめ券)で帳尻を合わせる」という、既得権益を守るための「管理農政」への逆行です。

Q4:おこめ券を配れば、スーパーのお米は安くなりますか?

A: むしろ逆です。おこめ券によって需要が支えられるため、市場価格は下がりにくくなります。さらに政府は「減反(生産制限)」を法制化しようとしており、供給を減らして価格を釣り上げる方針です。目先の3,000円分をもらっても、日々のレジでそれ以上の「値上がり分」を払い続けることになります。

高市政権の限界――腐敗を後押しする「守護神」

期待されたはずの高市早苗政権も、この腐敗構造を打破するどころか、むしろ加速させています。

高市氏は「食料安全保障」を掲げながら、小泉氏が着手した「利権を削る改革」を事実上ストップさせました。党内基盤を固めるために農林族の重鎮の意向を汲み、鈴木氏を大臣に任命したことは、「国民の安値より、利権の維持」を選んだ結果です。現状の高市政権には、この構造的な腐敗を解消しようとする動きが全くありません。むしろ、減反の法制化という「統制農政」を推進しており、政権そのものが農林族の腐敗を後押しする存在に成り下がっています。

この腐敗を終わらせる「唯一の武器」

これほどまでに明白な利権構造と腐敗が放置されている最大の理由は、農林族やJA組織が「確実な組織票」を持っているからです。彼らは、国民の多くが政治に無関心であればあるほど、相対的にその「組織票」の価値が高まり、利権を守り続けられることを熟知しています。

今の自民党、そして高市政権が農林族の腐敗を正そうとしないのは、「国民の怒り」よりも「利権団体の離反」を恐れているからです。私たちが「おこめ券」という目先の餌に惑わされ、投票所から足を遠ざければ、それはこの「食卓の支配構造」に白紙委任状を渡すことと同義です。

腐敗した「農政トライアングル」との決別を

今回の「おこめ券騒動」の本質は、4,000億円という巨額の公金を投じた、大規模な「合法的な買収と利権還流」です。これは単なる失政ではなく、自民党という組織全体が陥っている、根深い「政治的腐敗」の縮図です。

農林族が守っているのは、日本の食卓ではなく、自分たちの議席です。小泉氏が進めようとした「産業としての農業改革」を葬り去り、高市政権の下で再び利権構造を盤石にした彼らを変えられるのは、政治家自身ではありません。その特権を支えている「票」という根源を揺るがすことができる、私たち有権者だけです。

選挙は「食卓の自由」を取り戻す戦いだ

私たちは、目先の3,000円という「まやかしの支援」に惑わされてはいけません。本当に必要なのは、利権の鎖を断ち切り、国民に安く安定して食料を供給する「国民のための農政」です。

次に選挙が行われる際、候補者が「農林族」として利権を守る側の人間なのか、それとも「国民の食」を守る側の人間なのかを、厳しく見極めてください。私たちが一票を投じ、腐敗した構造に対して明確な「NO」を突きつけること。それだけが、今の絶望的な政治状況に楔を打ち込み、日本の食卓に未来を取り戻す唯一の手段なのです。

この腐敗を終わらせるのは、他でもない、あなたの「一票」です。

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