ベルギー戦の中継を見ようとスマホを開いたら、その前にもう一つのニュースが目に飛び込んできました。「米国代表のエースFWが、なぜか出場停止処分を免れた」というものです。
最初は見間違いかと思いました。だってレッドカードって、そういうものじゃなかったっけ。でも調べていくと、単なる誤審騒動どころか、大統領からの直接の電話、過去の似た前例、そして「今後の試合の判定にも影響するのでは」という疑念まで、思っていたより大きな話になっていました。
今回は、このバログン選手の出場停止“執行猶予”問題を追いながら、「FIFAに公平という基準は本当にあるのか」を考えてみたいと思います。
何が起きたのか、まずおさらい
米国代表FWフォラリン・バログン選手は、決勝トーナメント1回戦のボスニア・ヘルツェゴビナ戦で、相手選手の足首を踏みつける形になり、VARのオンフィールドレビューの末に一発退場となりました。FIFAの規定では、一発退場は自動的に次戦の出場停止処分になり、これに対してチームが不服申し立てをすることはできないはずでした。
ところがFIFAは、次戦のベルギー戦を前に、「FDC(規律規定)第27条」に基づき、出場停止処分の執行を1年間猶予すると発表しました。事実上、バログン選手はベルギー戦にそのまま出場できることになったのです。
この決定の直前、米国のトランプ大統領がFIFAのインファンティノ会長に直接電話をかけ、処分の見直しを求めていたと複数の米メディアが報じています。トランプ大統領は自身のSNSで「正しいことを行い、重大な不正を覆してくれたFIFAに感謝する」と投稿し、ホワイトハウスの公式アカウントもこれに乗っかる形で反応しました。
「実は初めてじゃない」ロナウドの前例
ここで少し立ち止まりたいのが、「こうした猶予措置は今回が初めてではない」という点です。ポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウド選手も、以前の予選で肘打ちによる退場で3試合の出場停止処分を受けていましたが、FIFAはそのうち2試合分を猶予し、結果的にロナウド選手はW杯を通常通り戦えています。FIFA側は「代表226試合で初めての退場処分だったことを考慮した」と説明していて、バログン選手のケースのように「特定の人物が会長に電話をかけた」といった話は今のところ報じられていません。
ただ、当時から各国メディアの間では「結局のところ、スター選手だから、FIFAにとって欠場させたくない選手だから、忖度したのでは」という疑いの声は根強くありました。さらに興味深いのは、この猶予を可能にする「FDC第27条」という規定自体、2019年より前には存在していなかったらしく、インファンティノ会長の在任中に新設されたものではないかとフランスの有力紙が指摘している点です。つまり、「誰が電話をかけたか」という個別の証拠はなくても、「そもそもこの”猶予”という仕組みを使える状態を作ったのは誰か」という、もう一段階手前の話として引っかかりが残ります。
ロナウドの時と、何が違ったのか
同じ「執行猶予」でも、並べてみると細かな違いがいくつかあります。
まず、ロナウド選手はすでに予選の1試合で出場停止処分を消化済みで、猶予されたのはW杯本大会に残っていた2試合分でした。つまり「処分ゼロ」にはなっていません。一方のバログン選手は、まだ1試合も出場停止処分を消化しておらず、今回の猶予でいきなり「処分ゼロ」に近い状態になっています。フランスの有力紙も、この点を「単なる出場停止期間の短縮に過ぎなかったロナウドのケースとは違う」と指摘していました。
もう一つの違いは、猶予の理由が説明されたかどうかです。ロナウド選手の場合は「代表226試合で初めての退場処分だった」というFIFA側の説明が一応ありました。納得できるかどうかは別として、判断材料は示されていたわけです。一方、バログン選手のケースでは、この異例の措置について具体的な説明は一切なされていない、と海外メディアも報じています。
そして何より、バログン選手のケースには「大統領からの直接の電話」という、具体的な政治介入の疑惑が加わっています。ロナウド選手の時に指摘されていたのは、あくまで「スター選手への忖度では」という漠然とした疑いでしたが、今回はそれが「特定の人物による、特定のタイミングでの働きかけ」という、より輪郭のはっきりした話になっています。
こう見ていくと、バログン選手のケースは、ロナウド選手の前例を”下敷き”にしながらも、それより一段踏み込んだ形で使われた、と言えそうです。
つまりFIFAの規定上、こうした「猶予」という仕組み自体は存在していて、過去にも使われたことがあります。今回が完全に前例のない暴挙、というわけではなさそうです。ただ、それでも今回の件が特別視されているのには理由があります。次の項で触れたいと思います。
なぜFIFAはここまでアメリカに寄り添ったのか
「規定上は可能」と「実際にやった」の間には、やっぱり距離があります。今回、なぜFIFAはこのタイミングで、この選手に対して、この判断をしたのでしょうか。調べていくと、大きく2つの背景が見えてきました。
① インファンティノ会長とトランプ氏、個人的な近さ
FIFAは前年、「FIFA平和賞」という賞を新設し、その第1回受賞者としてトランプ大統領を選んでいます。この人選はインファンティノ会長がほぼ独断で決めたとされ、当時から「大統領への露骨なすり寄りではないか」という批判があったそうです。さらに、FIFAのアメリカオフィスがマイアミの拠点とは別に「トランプタワー内」にも設置されているという話もあり、両者の関係の近さを示すエピソードには事欠きません。
今回、トランプ大統領がインファンティノ会長に電話をかけた数日後に猶予が発表された、というタイミングそのものが、海外メディアから「因果関係を疑わせる」と指摘されています。
② 大会全体を貫く、アメリカ市場への依存
もう一つ見逃せないのが、今大会がFIFAにとって過去最高規模の収益を見込む大会だという点です。放送権・スポンサー・チケット収入を合わせて100億ドルを大きく超える規模になるとされ、その大半がこのアメリカ大会由来の収入だと言われています。
実際、今大会では給水タイムの導入など、アメリカ型スポーツビジネスに合わせたルール変更もすでに行われているようです。テレビCMの機会を増やすための工夫だそうで、野球やアメフトのようにコマーシャルの”間”を作る発想がサッカーにも持ち込まれつつあるようです。専門家の間では「アメリカとの関係維持はFIFAにとって最優先事項」という声もあるようで、こうした大きな流れの中に、今回のバログン選手の一件も位置づけられるのかもしれません。
つまり今回の件は、「大統領個人との仲の良さ」という属人的な話だけでなく、「アメリカ市場を逃したくない」というFIFA全体の商業戦略の延長線上にある、と見ることもできそうです。それだけの収益がかかっているとすれば、今回のような一件の判定くらい、FIFAにとっては“織り込み済みの代償”だったとしても不思議ではありません。
ちなみに、こうした構図はFIFAだけの話ではないかもしれません。2026年2月に開催されたミラノ・コルティナ冬季五輪では、米国政府が現地の警備に自国の移民・関税執行局を関与させる計画が明らかになり、開催国イタリアで抗議デモが起きるひと幕がありました。これに対し国際オリンピック委員会(IOC)のトップは、この問題を「管轄外」としつつ具体的な批判は避け、抽象的な言葉で受け流したと報じられています。国際競技団体のトップが、アメリカの政治的な動きに対して明確な反対を示さず、事実上容認しているように見える、という構図は、今回のFIFAの一件と重なる部分がありそうです。
当然ながら、猛烈な反発も
次戦の対戦相手であるベルギーサッカー協会(RBFA)は、即座に声明を発表しました。FIFA自身の規定に「真っ向から矛盾する」この決定に「驚きを禁じ得ない」とし、大会規則にも反していると強く抗議しています。ベルギー代表のルディ・ガルシア監督も会見で「W杯では7月5日がエイプリルフールの日になったとは知らなかった」と皮肉たっぷりにコメントしていました。
この騒動、思わぬ形で飛び火もしています。翌日に行われたイングランド対メキシコ戦で、イングランドの選手にレッドカードが出た際、SNS上では「あのレッドも取り消してほしい」「イギリスの首相もFIFA会長に電話してるはず」といった皮肉交じりの声が上がりました。バログン選手の一件が、「他のケースでも同じ扱いをしてほしい」という比較対象として引き合いに出される事態になっています。
この一件が厄介なのは、判定そのものの是非だけでは終わらない点です。「FIFAが一度アメリカに配慮したのなら、今後の試合のレフリーも、無意識のうちにアメリカに有利な笛を吹くのでは」という疑念が、大会が続く限りついて回ってしまいます。実際にそうなるかどうかは別として、こうした“疑いの目”が生まれてしまうこと自体が、W杯という大会全体の信頼性に影を落とすのかもしれません。
それだけでなく、FIFAという組織そのものの見られ方にも影響しそうです。一度アメリカの意向で規定が覆ったという前例ができてしまった以上、この先FIFAが何を決めるにしても、「それもまたアメリカの言いなりなのでは」という目で見られてしまう可能性があります。
一方で、米国側からは違う声も
ここまで読むと「やっぱりアメリカがズルをした」という印象になりがちですが、米国代表を率いるマウリシオ・ポチェッティーノ監督は、この決定を「公平な判断」だと歓迎しています。試合直後の会見でも「決して故意ではない、偶然のこと」とバログン選手を擁護していたそうで、監督としては「ボスニア戦であれだけの罰(35分間の数的不利)をすでに受けていたのだから、これ以上の処分は不当だ」という立場のようです。
もちろん自国の選手を擁護する監督の発言なので割り引いて聞く必要はありますが、「そもそもあのレッドカード判定自体が厳しすぎたのでは」という視点も、頭ごなしに否定できるものではないのかもしれません。
「公平」って、誰が決めるんだろう
ここまで追ってきて思うのは、FIFAの規定上「猶予」という仕組み自体は存在していて、それを使うこと自体は違法でも何でもない、ということです。でも「いつ」「誰に対して」その仕組みを使うかという判断には、明らかに人の意思が介在します。そしてその判断が、開催国であり最大の収益源でもあるアメリカに有利に働いた時、それを「公平」と呼べるのかどうか。
ロナウド選手の前例のように、スター選手であれば猶予されやすい、という構造がもしあるのだとしたら、それは「公平」というより「力のある者に有利なルール運用」と呼んだ方が正確なのかもしれません。答えを出すのは難しいですが、少なくとも「FIFAの判断は常に中立だ」と無条件に信じるのは、今回の一件を見る限り、ちょっと難しそうです。
この先の決勝トーナメントで、同じような猶予措置がまた起きるのか。それとも今回だけの特別な話で終わるのか。そのあたりも、注目して見ていきたいと思います。この先アメリカが勝ち進めば進むほど、「その勝利は本当に実力だけによるものなのか」という視線もセットでついて回ることになりそうです。

